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コンベンションディレクターの働き方

対談

コンベンションディレクターの働き方

対談者

コンベンション事業本部
福元絵理佳(Erika Fukumoto)・加藤雄太(Yuta Kato)・北島翔太(Shota Kitajima)・小島葉(Yo Kojima)

現在の業務内容について

加藤:新卒8年目です。入社して6年は国内の医学会を運営していて、6年目からは国際会議のディレクターをしております。

北島:新卒6年目です。入社してからずっと国内の医学会を担当しています。

小島:新卒で入社して3年目になります。入社以来、医学会を担当しています。

福元:ディレクター歴11年です。子育てと両立しながらコンベンションのディレクターをしています。

コングレを志望した理由は?

加藤:国際的な仕事をしたいと思い、商社や旅行代理店も探していました。『13歳のハローワーク』という本で「国際会議コーディネーター」という言葉に出会い、そこから興味がわき、いろいろな大舞台を裏方で支える楽しさを見つけました。

自身も大学生時代、文化祭等いろいろ企画し、最後までやりとげる達成感を楽しいなと思っていたので、それを仕事にしたいと思いました。また、この業界の中でコングレを選んだ理由は医学会だけではなく、施設運営もビジネス展開しているので、自分の業務の幅が広がるのではないかと可能性を一番感じたからです。

北島:仙台で開かれた新卒説明会で、コングレやコンベンション業界を知りました。国際会議、医学会の運営、コミュニケーションの場をつくる仕事というのを聞いて、奥が深そうな仕事だなと思いました。会議本番は大規模な演出があって、ダイナミックですが、その一方でディレクターの仕事一つ一つは細やかで、着実ですよね。ダイナミックだけど堅実・地道というのがいいなと思いました。

モデレーター:小島さんはいかがですか?

小島:私はコンベンション業界に入るつもりではなく、海外とつながる仕事がしたいと考えていました。旅行系の会社に行くつもりでしたが、ある日、当社社長のインタビューが朝日新聞の“be”に載っているのを見て、初めてこの仕事があるということを知り、「国際会議を完璧に支える」という仕事が面白そうだと感じました。

モデレーター:受けてみて、どんな印象でしたか?

小島:良い人がいっぱいいるなという印象でした。若手にフレンドリーな会社だと思ったのと、面接官もいろんな話を掘り下げてくれて、話し込むタイプの面接でした。それがすごく面白くって、人が面白い会社だなと思いました。

モデレーター:受ける前と入った後のギャップはどうですか?

小島: 国際会議をメインでやっている会社というイメージがありましたが、医学会もこんなにたくさんやっているというのがギャップでした。

モデレーター:では、福元さん、お願いします。

福元:もともと国際会議を担当していましたが、医学会の担当歴の方が長いです。やりがいで言うと、医学会の方がやりがいを感じます。なぜかというと、国際会議は準備期間が短いですが、医学会の場合は準備期間も長く、主催者の先生と向き合うことも多いので、感謝されることも多いです。負担も大きいですが、やりがいもあります。

モデレーター:そもそも福元さんは、なぜコングレに入ろうと思ったんですか?

福元:父がモーターショーを運営する会社にいて、英語を使いたいと手伝いで現場に入った時に、国際的なイベントを楽しいなと思いました。ホームページを見て、コングレの「国際会議」というネームバリューに惹かれて入りました。

 

やりがいやつらかったことについて教えてください

加藤:やりがいは、歴史が変わる瞬間のほんの何ミリでも、何%でも携われるということです。たとえば、自分の担当している会場で、ある国際条約が可決されたとします。それにまつわる通訳者、映像機材、条約にサインをするペンを手配していたりなど、その場に少しでも貢献できることはとてもやりがいを感じます。あの会議で決まったことで、世の中こういう風に動いているなと感じます。

大変なことは、変更が多いということです。事前にスケジュール通り段取りを決めても、一つの国の来日スケジュールがずれるといろいろなところに影響がでます。「それは間に合いません」とは言えないので、いろいろな協力会社の人にお願いしながら乗り越えたときは、やりがいでもありますけど大変なところです。

医学会の場合は、特にお客さんが自分よりも年齢が上で、実際に会議の経験が多い中で、コングレへの期待値と自分の実力とのギャップがあるので、そこを埋めるのが、若いうちは大変ですし、今も大変です。

北島:長い時間をかけて準備するので、成功した時はやりがいもひとしおです。特に会長の先生に喜んでもらえると嬉しいです。熱意を持っている会長の先生に食らいついて、先生のやりたいことを形にするのは、やりがいでもありますし、大変なことでもあります。くじけそうになったこともあります(笑)

小島:昨年担当した会議は、200人の参加者のうち約半分が海外からの参加者で、そのうち40名がVIPでした。その40名と1年間メールで連絡を取り合っていたので、実際に会場でご本人達に会って、「1年間ありがとう」と言われた時はやりがいを感じました。また、会長の先生の閉会の挨拶を見たときに、この会場の手配や、今先生を照らしている照明や、参加者のネームカードを作ったのは自分たちだったなと頑張って準備をしてよかったと思いました。

お子さんがいる中でコンベンションのディレクターをするということについて

福元:男性と女性でも違いますよね。私の場合は、子供ができる前は100%の力を仕事に注げましたが、子供ができてからは家のことを50%以上はやらなきゃいけないと思っていますが、本格的にディレクターに復帰してからは、60%くらい仕事に費やしてしまっています。それこそ夫の協力なしでは子供は育てられないので、家に帰って洗い物をしてくれるだけでも助かります。でも、夫も疲れているから、求めすぎてはいけないなと思います。

モデレーター:仕事と家庭の切り替えみたいなのはどうやっているんですか?

福元:切り替えられないですよね。仕事の夢見てしまいます(笑)

北島:夢見ます(笑)

加藤:家庭の両立という面では妻に頼ってしまっていますが、土日だけは子供をフルで面倒見ようと思っています。独身時代は、仕事が残ったので土曜日やろうということもありましたが、今はまったくないですね。

コンベンションディレクターのやりがい

モデレーター:福元さんは規模が非常に大きな学会を担当していますね。

福元:私も加藤君と同じで、大変な時期は「若いから」という理由でクレームになることもありましたし、やめたいなと思っていた時期がありました。でも、ある日を境に、学会が終わった際に先生に「君に頼んでよかったよ」と言われたときに、「年齢は関係ない」ということに気づきました。そう思ったら、てきぱき、やることをやれば文句を言われないということ気づき、全部、面倒なことを後回しにしないようにしましたし、メンバー任せにせず、自分でやるようになりました。面倒なことをあえて自分からやるようにしたら、全て苦じゃなくなりました。

モデレーター:それはディレクターになって何年目ですか?

福元:3年目ですね。

モデレーター:みんなすごい勢いでメモとっていますね(笑)

小島:福元さんは若手のあこがれで、今日一番聞きたかったことなので(笑)

福元:それからは、「若いから」という理由で評価されないということがなくなりました。多分自分に自信がついたからかもしれませんが、打合せや現場を仕切れるようになりました。今までは、打合せでも先輩の様子をうかがいながらやっていたんですが、「先輩も意外と知らないこと多いんだな」と思って(笑)私は大型の国際学会を担当していて、事前のプロモーションや視察で海外の国際学会に参加する機会がたくさあったので、「これ、アメリカではこうでしたよ」など、お客様にアドバイスもできたし、それがよかったのかなと思います。会社に育ててもらったみたいなことが、非常にあります。

加藤:若手と話すと、3年目まで苦労して4年目から仕事が楽しくなるということは聞くんですが、福元さんもそうだったんだなと思いました。それは何故かと考えたら、クライアントからのコングレへの「期待値」があって、3年目まではその期待値より実力が低くて辛いけど、ある日実力がその「期待値」を超えると楽しみに変わっていくということなのかな、と。仕事ができるようになればなるほど、楽しくなるということがあると思います。

福元:その時、当時上司だった部長に言われたのは、「人類でほんの少数しかなれない「教授」と対等に話ができるのもこの仕事だけだぞ」ということです。この若さで、先生に頼られるのもこの業界だけだからとすごく励まされた。その部長はすごく若手を応援してくれる人だったんです。

モデレーター:福元さんの場合、教えてくれる先輩の存在も大きいですね。

福元:そう思います。私が若いころは40代の先輩から「好きにやっていいよ。謝るときは一緒に行くから」と言ってもらいました。だから、今後輩と組むときはその子がどんなに怒られても私が謝るように気を使っています。

小島:そうなんですね。私も参考にしたいです。